「うちは、相続税はかからないから対策は必要ない」
「法定相続どおりでいいと思っている」
“相続対策は、資産がたくさんある特別な人たちがやるもの” 、そんなふうに思っていませんか?
次のグラフは、ここ最近の遺産相続分割に関する調停の申し立て件数の推移です。

令和3年と令和7年を比較すると3,733件(約27%)増え、その間、毎年増加が続いていることがわかります。
相続税には基礎控除があり、「3,000万円 + 法定相続人の数×600万円」以内の遺産価額であれば税金はかかりません。例えば、配偶者と子ども2人なら、基礎控除額は4,800万円です。
しかし、令和7年(2025年)に認容※1・調停成立した遺産分割事件のうち、遺産金額5,000万円以下が7割を超えています。※2
さらに、その年に終局した事件のうち、弁護士が関与した割合は約8割、中には審理期間が3年を超えるものもあります。※3
あなたが亡くなった後、本当に何事もなく円滑に相続財産が遺族に受け継がれるのでしょうか?
もし、「相続」が「争族」になる可能性があったなら、それを解決できる人は亡くなる前の財産を所有するあなたしかいません。
今回は、誰にでも起こる「相続」について、どう向き合うかを考えます。
相続対策の順番が重要
相続対策というと、「相続税」を思い浮かべる人も多いのですが、税について対策するのは最後だと思います。冒頭のデータを見る限り、相続税がかかる・かからないと、遺産分割が円滑に進むかどうかは別の問題です。
相続対策に着手する場合、私が考える順番は次のとおりです。
① 所有する財産を仕分けする
② 誰に、どのように遺すか、分け方を考える
③ 継ぐ者の事情、希望を聞く
④ 実際に分けた場合のシミュレーションをして、納税→節税対策をする
⑤ できる範囲で相続人に意向を伝える
大切なのは、あなたの財産をどうしたいのかを明確にした上で、相続が起こった後について、継ぐ者の立場で具体的に想像することです。
所有する財産を仕分けする
何を遺すか、何を自分の代で使う・処分するかを仕分けます。
あなたは自分の財産をきちんと把握できていますか?
こんな例があります。
親が亡くなった後、相続登記をしないまま放置されている田舎の土地があることが判明したケースです。そのことを知った人は、孫の代になると代襲相続により関係者は増えるばかりでなく、関係も疎遠になるだろうとのことから、自分たちの代で整理したとのことです。
長年に亘り固定資産税を支払ってきた相続人がいたため、その方が所有するということで遠方にいる相続人からも同意書をとり、無事に相続登記を完了したそうです。
なお、2024年4月から相続登記が義務化され、相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内(あるいは遺産分割成立の日から3年以内)に、原則として相続登記の申請をすることが必要となりました。※4
そのような土地が存在しないか確認するとともに、自分の代でどうするのかを考えておくことが大切です。
もうひとつ、財産の使い道で忘れてはならないことがあります。
それは、あなた自身のこれからの費用です。人生は長いですし、もし財産があれば、いろんな過ごし方の選択肢もあります。
そのための資金は自分用として確保し、遺すべき財産を仕分けしてください。
誰に、どのように遺すか、分け方を考える
法定相続分とは
「法定相続分」とは民法に定められた分け方になります。ただし、次の点についても民法により定められています。
・ 遺言により、法定相続にかかわらず、相続分を決めることができる
・ 遺産の分割は、相続人全員の協議によって決めることができる
つまり、「法定相続分」とは、民法が定める相続人それぞれの相続割合の基準となる目安であり、必ずこの割合で分けなければならないというものではないのです。遺言によって別の分け方を指定したり、相続人全員の協議によって分け方を決めたりすることができます。
あなたが財産を遺す場合、「法定相続分」に縛られる必要はありません。
ただし、一定の相続人(配偶者・子・直系尊属など)には「遺留分」という最低限の取り分を保障する制度があります。遺言などで特定の相続人の取り分を大きく減らす場合には、遺留分についても確認しておく必要があります。
分け前については“ 時価 ”で考える
遺産分割の際に相続税評価額を基準に考える人は多いです。
不動産の場合に相続税を評価する際は、原則、土地は路線価方式・倍率方式※5、建物は、固定資産税評価額で計算するとされています。
しかし、相続税評価額で評価して公平に(あるいは想定の割合どおりに)と分けたはずが、実際に受け継いだ後、その不動産を換金した場合に時価との差で公平でなくなる場合があります。
例えば、賃貸物件を相続させるとした場合、相続税評価額は貸家建付地として更地よりも減額され、建物も借家権割合により固定資産税評価額よりも減額されます。
そこが駅近の優良な収益物件であったなら、相続税評価額<市場価格となり、乖離が出てくるようなケースです。
財産の分け方を考える際には、その財産を実際に売却した場合にどの程度の価値になるのかも考慮して、分け方を検討しましょう。
不動産には配慮が必要
親が亡くなって相続人が子ども2人だったとします。遺産は自宅と現預金のみです。
遺産分割の協議を行う際に、相続税申告には期限があるため、現預金も半分、不動産も “とりあえず” 法定相続どおりに1/2ずつ共有で登記することがあります。
この「とりあえずの共有」という判断は、将来において次のような問題を生む可能性があります。
・ 売るのか、誰かが住むのか
・ 修繕や固定資産税をどうするのか
・ 将来売りたいとき、意見が一致するのか
・ 一方が亡くなったら、その持分は誰に行くのか
1つの不動産を分割するには、共有以外に、代償分割(一人が不動産を相続し、他の相続人には金銭を支払う方法)、換価分割(不動産を売却して現金化し、そのお金を相続人全員で分ける方法)などがあります。
不動産のように分けにくい財産を遺す場合、遺言で分割方法まで指定しておくことは非常に有効です。
継ぐ者の事情、希望を聞く
家族のコミュニケーションは重要です。親と子、だけでなく子と子(兄弟・姉妹)が普段から情報交換しているかどうかは、円滑な相続を行うにあたって重要なポイントとなります。
もし、あなたに2人のお子様がいて、自宅は末永く受け継いでいってほしいと願っているとします。そこで長男に譲ると考えます。
しかし、長男は自宅に思い入れがなく、自分の好きな場所で好みの家に住みたいと考えていたらどうでしょう。一方、次男はよければ自宅に住みたいと考えていたら?
また、もし、あなたに2人のお子様がいて、長男は順調に資産を築いていて、次男は事情があって金銭的に非常に苦労していると知っています。そこであなたは、次男に少し多めに遺そうと考えるかもしれません。
その場合、日頃から長男が、あなたの気持ちと次男の実際の苦労を見聞きしていれば、相続に差があることを心情的に受け入れやすくなるのではないでしょうか?
継ぐ人の事情や希望を事前に知り、それに配慮することで、あなたがどのように財産を遺したいか、その実現に大きく近づくと考えます。
実際に分けた場合のシミュレーションをして、納税→節税対策をする
相続税対策と聞くと、「どうやって税金を減らすか」が頭に浮かぶ人もいると思いますが、どちらかというと納税資金の準備を優先すべきと思います。
相続税の節税対策を重視するあまり、借金は債務控除として相続税評価額から差し引かれることため、借金をして保有している土地に収益物件を建てたとします。しかし、継ぐ人は「賃貸物件なんて経営したくないし、借金まで背負いたくない」という意向が強かったらどうしますか?
特にすぐに換金できないような不動産などを受け継がせたいと思う場合は、継ぐ人がその相続税を払えるのかまで配慮してあげることは重要です。
納税できないために、大切に受け継いでほしい自宅を売却せざるを得なかったら、本末転倒です。
納税資金の準備のためには、あなたが(家族が)望む分け方をシミュレーションしてみて、各相続人にとってどのくらいの金額になるか計算してみるのが一番です。
その上で税の負担が重いとなった場合、税制度を活用した節税対策を検討しましょう。
できる範囲で相続人に意向を伝える
あなたがどう遺したいか、どうしてそういう考えに至ったか、それはできれば相続人全員に伝えてほしいと思います。
もちろん、家族事情により全員には無理なこともあるでしょう。できる範囲でいいのです。
相続について、関心のない相続人は少ないでしょうし、あなたの意向を伝えることでその相続人の希望も聞くことができます。
そして、口頭だけでなく、その意向を遺言という形で遺すことをおすすめします。
「うちの家族は仲がいいから大丈夫」
確かにそうかもしれません。けれど、仲がいいことと、お金の話ができることは違います。
利害が一致するとは限らないことを話し合うこと自体が、遺される家族にとっては負担であると思います。
そして、あなたの意向をできるだけ多くの相続人に伝えることも大事です。
「私は聞いていない」という疎外感は、全員の合意を妨げがちですし、より多くの相続人があなたの意向を共有していることで、相続手続きは円滑に進みやすいはずです。
そして、遺言は、あなたの意向を明確に形にしたものです。事前に話してあっても、聞いた人の記憶違いや解釈違いがあることもあります。
遺言はこうした思い違いを減らし、あなたの意思を明確な形で残すための手段になります。
いまは自筆証書遺言で法務局の保管制度※6を活用することで、安価な費用で保管してもらい、紛失を防ぎながら遺す方法もありますので、検討してみてはいかがでしょうか。
最後に、財産やあなたを含む家族の状況は日々変わっていきます。
一度「分け方」を決めたとしても、状況の変化により見直しが必要な場合があります。
そのことも忘れず、悔いのない、遺された家族に幸せを運ぶ遺し方を考えてください。
※1 認容
家庭裁判所が審判によって遺産分割を決定する場合などを指す
※2 最高裁判所「司法統計年報 家事編」(令和7年版)第52表「遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(「分割をしない」を除く)―遺産の内容別遺産の価額別―」より
※3 最高裁判所「司法統計年報 家事編」(令和7年版)第47表「遺産分割事件数―終局区分別代理人弁護士の関与の有無別―」および第45表「遺産分割事件数―終局区分別審理期間及び実施期日回数別―」より
※4 相続登記の義務化
2024年4月1日より施行。相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に、または遺産分割で取得した場合は成立日から3年以内に相続登記が必須となる。正当な理由なく登記をしない場合、10万円以下の過料(罰金に近い行政処分)の対象となる。義務化前の相続でも未登記なら 2027年3月31日までに登記が必要とされる。
※5 倍率方式
「固定資産税評価額 × 国税庁が定める倍率」で土地の相続税評価額を求める方法。路線価が付されていない地域で用いられる。
※6 自筆証書遺言書保管制度
法務局に自分が書いた自筆遺言証書を預けて保管してもらう制度。遺言書保管官が、民法の方式(全文自書・日付・署名・押印など)を外形的にチェック(法務局が遺言内容の有効性を保証するわけではない)するため、通常、死後に必要とされる家庭裁判所での検認が不要となる。また、死後に相続人が閲覧・証明書を請求すると、他の相続人全員に通知される制度もあり、事前に遺言者が希望すれば、死亡確認後に指定した人(最大3名、相続人以外も可)へ通知される制度を利用することも可能。
※本記事は、2026年8月時点の法制度等および情報による内容です。今後変更となる可能性があります。
2026年8月19日
