不動産

築古アパートの出口戦略 ― 親子で考える資産の終活 ―

今回は、少し世知辛いテーマを取り扱います。

きっかけは、ある女性が受け取った一本の電話でした。
電話の相手は、地方にある親のアパートを長年管理してきた不動産事務所の後継者。こう告げられたそうです。

「親が高齢になってきたので、2~3年後には事務所を閉める予定です。長くお付き合いしてきましたが、そろそろ別の管理会社を探されたほうが良いかもしれません。」

なぜ、オーナー本人だけではなく、その“子ども”にも連絡が来たのか。
理由を尋ねると、こう返ってきました。

「大家さんもご高齢なので、念のためです。」

その電話を受けた女性は、長年管理をお願いしていた不動産屋が高齢による代替わり、当然ながら自分の親も高齢、同じく所有するアパートも高齢化(老朽化)していることに改めて気づかされたそうです。

家族の生活を支えてきた賃貸用不動産も、時間の経過とともに老朽化します。
子にとっては、いずれ相続という形で引き継ぐかもしれない資産です。
しかし、場合によっては、将来、負の側面が強まってしまう“負動産”にもなり得るということを考えたことはありますか?

“終活”という言葉を耳にする機会は増えましたが、資産にも終活が必要であるという視点は、まだ十分に共有されていません。

本記事では、築古アパートという資産の終活について、親子の立場で考えていきます。

「三つの老い」が抱えるリスク

① 建物の老い ― 収益物件がコスト物件へ ―

その修繕費、いつ回収できますか?
老朽化が進むと修繕頻度が増します。
例えば、1室で配管修理が必要になった場合、他の部屋でも同様に老朽化している可能性があるため、大規模修繕につながることがあります。
「今の家賃収入に対して、今後予想される修繕費は見合っているか?」という問題が出てきます。

市場価格<売却費用?
売却は出口戦略としての選択肢ですが、地域差もありますが、築古アパートの場合、建物の老朽化や住人の高齢化を理由に値下げを求められるケースもあります。
値下げしても売れない場合の策として、住人退去後に更地にして売却となると、売却益が出ず、むしろ費用負担が発生する可能性があります。

② 入居者の老い ― 満室の理由は“人気”じゃない ―

引っ越せない住人達
築古アパートでは、満室で安定収益を得ていることもあります。
実はその理由は、入居している住人達が高齢化しており、高齢者は転居が難しいという現実があります。

国土交通省によると、65歳以上の高齢者の単身世帯は増加傾向にありますが、その入居へ拒否感を感じる大家の割合は7割となっています。※1

孤独死のリスク
入居者が高齢かつ単身世帯の場合は、認知症、そして孤独死のリスクが避けられない問題です。

自宅で亡くなった単身者の数について、2024年のデータでは7万人を超えていて、その7割以上が65歳以上となっています。※2

賃貸物件で孤独死が発生した場合、その損害額については、遺品整理(残置物処理)費用、原状回復費用、家賃など、平均額は100万円を超えています。金額幅は幅広く、高額なケースでは数百万円となっています。※3 それゆえ、専用の保険も存在します。

この入居が難しい社会的弱者の存在、その入居を困難にしている一つの要因である孤独死などについては、政府も以前より問題視しており、その対策として住宅セーフティネット法が2017年に制定、2025年10月にその改正法が施行されました。
概要については、本文末に参考情報として載せておりますので、ぜひ参考としてください。

③ オーナーの老い ― 心の準備が追いつかなくなる前に ―

最大のリスクはオーナーの認知症
認知症によって意思能力に疑義が生じた場合は、資産売却も大規模修繕もすべて凍結する恐れがあります。
そうなった場合、本人に成り代わる成年後見人制度がありますが、家族が後見人になれる保証はなく、本人の資産保全が原則ですから、オーナー本人の意思確認が難しい場合、不動産の売却や改良は困難となります。
したがって、認知症発症前に対策を考えることは重要で、最近は家族信託※4の検討をする家族も増えています。

現状維持バイアス
人には、新しい変化に合理性があっても、今のままでいることを選択してしまう心理作用があります。
特に高齢者の場合、変化に得られる利益よりも損失の方を恐れたり、慣れていることの方に安心感を覚えたりする傾向があるといわれます。
したがって、不動産の処分というような重い決断は、高齢になればなるほど避けたいと思うようです。

想定される4つの出口シナリオ

賃貸用不動産の出口戦略を考える上で、想定できるシナリオを簡単に整理しました。

① 現状維持(親の存命中はそのまま)
親にとっては、ストレスが少ないが、問題の解決はすべて子に引き継がれる。

② 売却(入居者がいる状態での売却)
即座に問題から解放されるものの、定期収入はなくなる。
また、築年数や入居者が高齢という点において、売却金額が安い可能性あり。

③ 緩やかな終息(新規募集はやめて、最後の退去後に売却)
心理的負担は少ないが、いずれ収入<コスト状態になり、売却までの時間がかかる。

④ 積極的資産活用(借金による建て替え、資産価値を高める)
資産状況によっては相続税対策になる一策だが、計画、立ち退き交渉、資金借入などの負担が大きい。

ただし、これらの選択肢において、「合理的に見える方法」が、そのまま家族にとって受け入れやすい方法とは限りません。

子どもの葛藤 ― “自分で選んだ資産”ではないという現実 ―

親が高齢になってきた場合、子ども側でも“相続”を意識し出します。
相続するかもしれない財産の中に築古アパートがある場合、自分が保有することが現実感を帯びると、そこで初めてさまざまな気づきがあると思います。

「老い」のリスクはさらに深刻化?
仮に、上記シナリオの①で相続した場合、時間的にも物件の老朽化は進み、住人達の高齢化も進んでいるはずです。問題の先送りは、そのまま子どもが抱えることになります。
おそらく、結果としてシナリオ②の売却についての条件はさらに悪化します。

管理できるのか?
相続する子どもが物件の近くに住んでいるとは限りません。
遠方に居住している場合、管理会社に任せるとしても、突発的な事象への対応について、大家として判断を迫られる場面では、案外距離は軽視できません。
例えば、夜間に起きた設備の故障(緊急の対処が必要)や、近隣住人からのクレーム対応など、事例は多々あります。
さらにいえば、築古アパートの場合、新築アパートに比べるとその対応頻度は高いと考えられます。

実は向き不向きがある
さまざまな資産運用の手段がありますが、不動産投資については、やりたい・やりたくないが明確に分かれる気がします。
特に賃貸アパートのような居住物件については、人間臭さを感じる資産運用であり、それに対して心理的負担を感じる人もいます。

つまり、「本当は相続したくない」「相続してもすぐ売るつもり」であれば、その意向については早い段階で共有することは大切です。

「親が築き上げた資産について、ネガティブなことは伝えたくない」――そう感じるのは自然なことです。
しかも「“相続(=親の死)”が絡むからこそ、言いづらい」のはもっともです。

だからこそ、その意向の伝え方が大切になってきます。

親子の合意形成のために

事実の共有
まず、高齢の親が所有する賃貸用不動産について、親子で話題にする機会を日頃から意識することが重要です。
住人や管理方法などの実態を知り、どんな課題があるのをオーナー自身から得られるのは、将来の承継者にとって貴重なことです。

感情の共有
築古アパートの所有者としての長い期間の中では、たくさんのことがあったかと思われます。
どんな経緯で建てられ、どのように生活を支えてきたか、そして現状を知り、「ありがたいね」「大変だったね」などと共感し、寄り添うことで初めて、これから出口戦略を共に考えるパートナーとしての土台ができるのです。

数字の共有
築古アパートの実態と親の苦労を知ったら、数字が語る現実を一緒に確認しましょう。
現実的な選択肢を考える上で、数字による情報整理も欠かせません。

主なものとしては、次のような項目があります。

(1)現状維持のコスト

  • 年間収益(空室リスクも考慮)
  • 所有にかかる年間コスト(固定資産税や管理費など)
  • この先想定されるリフォーム費用

(2)売却時のコスト

  • 入居者込みで売却した場合の市場価格
  • 土地の市場価格(家屋付価格、更地価格など)
  • 解体費用の相場
  • 立ち退き交渉をする場合の費用(解決まで長期間かかることもある)※5
  • 境界線があいまいな場合の測量費、隣地との境界確定に関する費用
  • 売却にかかるその他費用(仲介手数料や譲渡所得税など)

(3)その他

  • 親の代で売却した場合の、親の生活費への影響
  • 子が相続した場合の相続税の概算(相続全体へ影響を考慮する)

こうした数字を共有することで、出口戦略は「なんとなく不安な話」から、「検討できる課題」へ変わっていきます。具体的なイメージをすることで、「それならば」と決断しやすくなるものです。
共に解決するという姿勢、そして、最終的な判断はオーナー本人の意思を尊重する姿勢を忘れないでください。

感謝の共有
必ず行ってほしい作業があります。
それは、これまでその物件から得られた家賃収入の総額の計算です。

例えば、築40年で家賃5万円、部屋数6戸であった場合、
5万円 × 6戸 × 12カ月 × 40年 = 1億4,400万円

人は、長く持っているものほど「手放すと損をする」という心理(現状維持バイアス)が働きます。もちろん、この数字は総収入であって、裏ではたくさんの費用がかかっているわけですが、「40年間でこれだけ稼いでくれた」と数字で見ることで、「もう十分に元は取った」「このアパートは一生分以上の仕事をしてくれた」と、執着を感謝に変えて手放す踏ん切りがつきます。

実際に私は、ご高齢の方と共にこの計算をしたことがあります。その時に「ああ、これまでの役目を果たしてくれたということね」としんみり語られました。
それまではお子さんに遺すことにこだわられていらっしゃいましたが、自分の代での処分も検討するとのことでした。

築古アパートの歴史は、その家族を支えてきてくれた歴史でもあります。
出口戦略を決断することは簡単ではなく、また一度決めても迷いが出てきて当然です。
オーナーの気持ちの切り換えにかかる時間を考慮すれば、計画から実行まで時間をかけることも重要です。

親子で相続や不動産の話をするのは、どうしても身構えてしまうものです。
しかし、特別な「会議」のように構える必要はありません。
母の日や父の日、あるいは誕生日などの機会を利用して、まずは近況報告と日頃の感謝を伝えつつ、親子の話題の中でふれてみることから始めませんか?

《参考》住宅セーフティネット制度等について

高齢者・低所得者など住宅確保に配慮が必要な方が、民間賃貸住宅にも入居しやすくするための仕組みです。
2025年10月の改正法施行により、オーナー側のリスクを軽減する仕組みが強化されました。

セーフティネット登録住宅(登録制度)
高齢者や子育て世帯等の入居を拒まない物件として登録する制度です。専用サイトで公開され、空室対策になるほか、バリアフリー化などの改修費補助を受けられる場合があります。

居住サポート住宅(認定制度)
居住支援法人などが、入居者の安否確認や福祉サービスへのつなぎを行う「支援付き」の住宅です。今回の改正で、入居者が亡くなった後の残置物処理を法人が受託できる仕組みが追加され、オーナーの心理的負担の軽減が期待されます。

家賃債務保証業者の認定制度
国が認定した保証会社を利用することで、家賃滞納リスクを抑えながら入居を受け入れやすくなります。

終身建物賃借権(認可手続きの簡素化)
「本人が亡くなった時点で契約が終了し、相続されない」という特殊な賃貸借契約です。登録住宅であれば、知事の認可手続きが簡素化され、将来的な「物件の明け渡し」に関する不安を解消につながります。

※制度の詳細は、国土交通省HP「住宅セーフティネット法の一部改正」や、政府広報オンライン等をご確認ください。

※1 国土交通省「住宅セーフティネット法等の一部を改正する法律(令和6年公布)」概要資料より

※2 警察庁「令和6年中における警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者について」2025年4月1日報道発表資料より

※3 日本少額短期保険協会「第10回孤独死現状レポート」(2025年10月)より

※4 家族信託
財産の所有者(委託者)が、特定の家族(受託者)へ財産の管理・処分をまかせる仕組み。その財産から得られる収益は受益者(=委託者が多い)が受取る。その仕組みを利用するには、信託契約書を作成する。信託財産は分別管理義務に則り、金銭は信託口口座で管理され、不動産は信託登記される。

※5 賃借人への立ち退き要求
賃借人に退去を求める場合、借地借家法上、「正当事由」が必要とされている。オーナー側の事情だけで直ちに認められるものではなく、実際には、立退料の提示や長期間の交渉が必要となる場合がある。

※本記事は、2026年5月時点の法制度等および情報による内容です。今後変更となる可能性があります。

2026年5月20日

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